高次脳機能障害

1. 高次脳機能障害とは

高次脳機能障害とは、脳に損傷を受け、回復過程において生じる認知機能の障害、人格の変化などが、治療後も残存し、仕事や日常生活が制限され、社会復帰が困難となる障害を総称するものです。
客観的には回復しているようにみえても、認知障害や人格変化等が治らずに残っている場合があります。

医学的には、脳の局在的損傷に由来する失語、失認を主として示す言葉ですが、交通事故の損害賠償の世界では人格の変化まで含めているようです。
したがって、医学における高次脳機能障害と法律上の高次脳機能障害が厳密には異なります。

2. 自賠責保険における高次脳機能障害への取り組み

(1)取り組みの内容

自賠責保険では、2001年1月頃から脳外傷による高次脳機能障害の残存を疑わせる事案に対し、専門的知見を有する医師等による「高次脳機能障害専門部会」を設置し、より慎重な後遺障害の認定が行われています。

これまでの自賠責保険の認定手続では、脳損傷に伴う脳機能の障害がCTやMRI検査により確認される硬膜下血腫、クモ膜下血腫、脳挫傷等の有無に注目して認定されていたために、見逃されやすく脳外傷による高次脳機能障害の認定と適切な等級評価を行うことにより、被害者の救済を充実させるために上記の取り組みがなされています。

現在では、「高次脳機能障害審査会」が2001年3月4日付け「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)に基づき運用しています。

※ 参考文献 平成29年版『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』下巻(公益財団法人 日弁連交通事故相談センター東京支部)

(2) 審査方法

高次脳機能障害についての認定基準は、①意思疎通能力、②問題解決能力、③作業負荷に対する持続・持久力、④社会行動能力の4つの能力について、6段階で評価し、等級の認定を行います。

(3)審査の基準

どのような事故について「高次脳機能障害審査会」による特別な審査の対象となるのかについて、自賠責保険は、以下のとおり審査対象を分けています。

ア 後遺障害診断書において、高次脳機能障害を示唆する症状の残存が認められる場合に、審査の対象となります。

イ 後遺障害診断書において、高次脳機能障害を示唆する症状の残存が認められない場合はどうでしょうか。この場合でも、以下のような①~⑤の条件のいずれかに該当する事案は、医師により見落とされている可能性があることから、慎重に調査を行うこととされています。

① 初診時に頭部外傷の診断があり、経過の診断書において、高次脳機能障害、脳挫傷、びまん性軸索損傷、びまん性脳損傷等の診断がなされている症例

② 初診時に頭部外傷の診断があり、経過の診断書において、認知・行動・情緒障害を示唆する具体的な症状、あるいは失調歩行、痙性片麻痺など高次脳機能障害に伴いやすい神経系統の障害が認められる症例
(具体的な症例)
知能低下、思考・判断能力の低下、記憶障害、記銘障害、見当識障害、注意力低下、発動性低下、抑制低下、自発性低下、気力低下、衝動性、易怒性、自己中心的

③ 経過の診断書において、初診時の頭部画像所見として頭蓋内病変が記述されている症例

④ 初診時に頭部外傷の診断があり、初診病院の経過の診断書において、当職の意識障害が少なくても6時間以上、もしくは、健忘あるいは軽度意識障害が少なくとも1週間以上続いていることが確認できる症例

⑤ その他、脳外傷による高次脳機能障害を疑われる症例

(4)審査に用いられる資料

ア 画像所見

画像所見は非常に重要です。
上記報告書では、「画像資料上で外傷後ほぼ3カ月以内に完成する脳室拡大・びまん性脳萎縮の所見が重要なポイントとなる」としています。
そのほかにも、レントゲン写真による脳損傷、CTによる脳萎縮、MRIによる点状出血や脳萎縮などの画像所見が他覚的所見として重視されています。

イ 被害者の日常生活の情報

高次脳機能障害を負った被害者は、自身の障害を正確に把握できていないケースが多いです。
そのため、どのような高次脳機能障害が生じているかを把握するには、家族から得られる日常の生活状況に関する情報が必要となってきます。

ウ 意識障害の有無とその程度・期間

高次脳機能障害は、意識消失を伴うような頭部外傷をうけた後に発生しやすいという特徴があります。意識障害の有無とその程度・期間が重要なポイントになります。

一般的には、脳外傷直後の意識障害が約6時間以上継続するときに永続的な高次脳機能障害が残ることが多いと言われています。

3. 適切な後遺障害の等級認定を受けるために

(1)証拠資料の準備

ア 自賠責保険で必要書類とされている書類を作成する

まず、①後遺障害の等級認定を利用する際に必ず作成する後遺障害診断書を医師に作成してもらう必要があります。

次に、②日常生活状況報告書を作成します。これは、被害者の日常生活に関する状況を事故前と事故後に分けて、どのように変化をしたのかを記載します。家族や同僚など、日常生活を長い時間と期間を共有していた人に書いてもらうことになります。

そして、③神経系統の障害に関する医学的意見書と、④頭部外傷後の意識障害についての所見を医師に作成してもらいます。
この4つの書面は必須であり、どれだけ充実した内容が記載されているかが重要です。

イ CTやMRI検査を受ける

高次脳機能障害の診断を受けた場合には、治療中に何度かMRIやCT検査を受けていると思います。
しかし、後遺障害は症状固定日当時に残った症状について判断されますので、症状固定日の前後で検査を受けておくのが最善といえます。

ウ その他

カルテの医療記録や実況見分著書など、どのような事故であったかがわかる資料を提出すると有用です。

(2)適切な認定を受けることが出来ないリスク

高次脳機能障害が軽度の場合には、被害者が脳に障害を負っていることに気づいていないことがあります。
被害者が脳の異変に気づいていないため、主治医にその異変が伝わらず、医師に見落とさてしまう危険があります。
見落とされたまま医師が診断書を作成してしまうと、高次脳機能障害を疑わせる症状の記載がないままの医療記録が作成され、現実には高次脳機能障害があるのに、高次脳機能障害が認定されないこととなってしまいます。

(3)リスクを回避するためには

ア 弁護士に相談する

事故前と後を比べて、被害者の人格・性格、知的・認知能力などの点で変わったと感じた場合には、できる限り早い時点で弁護士に相談をしてください。

イ ご家族や友人が十分な観察をする

被害者が自覚していないことも多いため、被害者以外の人がよく観察をすることで脳外傷による高次脳機能障害に気づくことができれば、見落とされるリスクを減らせるでしょう。

ウ 証拠の散逸を防止する

証拠がなければ高次脳機能障害が残存していたとしても、高次脳機能障害が残存していることを認めてもらえません。証拠は非常に重要です。

早期に弁護士が関与をしていれば、脳外傷を伴う事故であれば、高次脳機能障害が残存してしまったことを想定して活動をしていきますので、証拠の散逸をできる限り防止できます。

(4)早期に弁護士に相談を

被害者やそのご家族が日々の生活の中で等級認定手続の準備を行うことは大変ですし、適切な証拠の準備をするなど弁護士でなければ困難なこともありますので、早期に弁護士に相談し、サポートを受けながら手続を進めていく必要があります。
まずは、ご相談だけでもいらっしゃってください。